コミュニケーション。|田無の整骨院ならK's Family(ケーズファミリー)整骨院へ

ケーズファミリー整骨院

image

院長の独り言

「塩」

少し前の話ですが、お気に入りの焼肉屋さんがありました。

焼肉はもちろん、サイドメニューも美味しくて値段もそんなに敷居の高いお店ではなかったので友達と

もよく行っていました。

 

 

いつもの様に友達とそのお店で食事をしていて、注文した卵スープを飲んだ時、具は色々と入っていて

いつもと同じなのにボンヤリとして味が殆ど無かったのです。

変だなと思い店員さんに確認してみると、慌てて「すいません!お塩を入れ忘れてました~」

とお皿を下げてすぐに持ってきてくれました。

 

 

するとボンヤリとしていた味もはっきりして、全ての具の味が引き立ったいつもの美味しい卵スープ

になりました。

些細な事ですが、「一振りの塩があるのと無いのでこうも違うんだな」と感じた出来事でした。

 

 

 

約20年間、治療家を仕事として来ながら、いつも「治療」という言葉を使うのに違和感を感じていまし

た。

これは自分の中でだけの問題なので説明の際は口に出して言いますが、自分の中では使いたくないで

す。

 

 

 

今まで自分のやって来たこの行為に対して、何か「治療」という言葉以外の表現で自分に落とし込めな

いか。

言葉でなくてもいいのですが、何かしっくりと自分の腑に落ちる感覚は無いだろうか?

をずっと考えていました。

なので一旦、治療家という仕事を見直したいと思います。

一旦の期間も特には決めていないのですが。

 

 

フワッとですが施療と言葉は同じなんだな、と感じています。

 

 

言葉というのは、「声の質」「声の大きさ」「話すペース」「使う言葉の選択」で印象が変わって

きます。これが合わない人とは決して仲良くなれないと思いますが、これらが心地よい相手とはとても

仲良くなれるでしょう。

 

勿論、受け取る側の捉え方にも因りますでしょうし。

 

 

 

施療も「手の質」「力の強弱」「施術のペース」「使う手技の選択」で印象が全然変わってきます。

これが合わないと身体も快方には向かいませんし、患者さんもすぐに来院しなくなります。

当たり前ですけどね(笑)

 

そもそも身体が施療を受ける事を求めていないのかもしれないですし。

 

 

「治す」という言葉はどこか、おこがましいと感じます。

治療家の先生なら経験あると思いますが「オレが治してやるぜ!」ぐらいに意気込んでやれば

やる程「あれ?」という結果になる事が多いと思います。

 

 

 

言葉にするなら初対面の人達の会話に強引に混ざって「友達になってやるよ!」と独りよがりな話を

散々して場をしらけさせる様な、そんな感じでしょうかね。

嫌われてもしょうがないかな?です(笑)

 

 

だとしたら一旦場の空気を読んで、どんな会話をしているのかな?とある程度分かった上でサラッと

「自分も混ぜてもらえませんか?」のスタンスの方が良いんじゃないかと思います。

自分の中の感覚の話ですよ(笑)

 

 

不思議なもんで実際の会話も話が合う患者さんは自分の施術でドンドン良くなりますし、反対に話が合

わないな・・・

という患者さんは身体も一向に良くならなかったりします。

同じなんですね。

 

 

今まで沢山の施療スタッフも見てきましたが、経験とか関係なく会話を合わせる事が上手い子はすぐに

治療も上手くなり人気の先生になれたりしますが、それが出来ない子は何年経っても支持を得る事が難

しそうでした。

 

だからまぁ、同じなんですね。

 

 

「治療ではなくコミュニケーション」

こう思うと少ししっくり来た氣がします。なので、こちらの方向性で捉えて何かを開拓できたら。

と今はボンヤリと思っています。

 

 

楽しかった事、辛かった事、悲しかった事で

人生誰でもダシは効いていると思います、只それを引き立たせる「味」を見つけなければボンヤリと終

わってしまうのではないかとも思います。

どこかで塩を一振りし、ボンヤリしていた味をハッキリさせたいですね(笑)

 

 

 

今まで当院をご利用頂きありがとうございました。

こちらのブログはまだ続けるかと思います。

その後、何か決まったりしたら投稿する予定ではおります。

 

 

それではフォースと共にあらんことを。

 

ケーズファミリー整骨院  勝 隆輔

 

 

 

 

ページトップへ戻る